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GAFA依存のリスクと、国家が注目する「ソブリンクラウド」を超分かりやすく解説

はじめに:あなたの会社の機密データ、実は「アメリカの法律」の下にある?

私たちは普段、当たり前のようにGmailでメールを送り、Googleドライブに資料を保存し、AWS(Amazonのクラウド)で動いているサービスを使っています。

非常に便利で、もはやこれら無しでは仕事にならないレベルです。しかし、ここで一つ、少し怖い質問をさせてください。

「あなたがクラウドに預けたそのデータ、物理的には『地球上のどこ』に保管されているかご存知ですか?」

「日本のデータセンターじゃないの?」と思った方。半分正解で、半分間違いです。
物理的なサーバーが東京にあっても、それを管理しているのがアメリカ企業(Google, Amazon, Microsoftなど)である限り、そのデータは「アメリカの法律」の影響下に置かれる可能性があります。

これが、今世界中で問題視されている「デジタル植民地化」のリスクです。このリスクに対抗するために生まれた新しい概念が、今回解説する『ソブリンクラウド(データ主権)』です。

この記事では、なぜ今、国を挙げて「脱GAFA依存」の動きが加速しているのか、その背景と仕組みを、ITの専門家でなくても分かるようにやさしく解説します。

ソブリンクラウド(データ主権)とは何か?

ソブリンクラウドを理解するためのキーワードは、「ソブリン(Sovereign)」です。これは「主権」や「独立した」という意味を持つ言葉です。

一言で言えば、ソブリンクラウドとは以下の状態を目指すクラウドサービスのことを指します。

「自国のデータは、他国の法律や政府の干渉を受けず、自国の法律が及ぶ範囲内で自分たちがコントロールできるようにしよう」

これを「データ主権」と呼びます。

従来のクラウドと何が違う?

これまで私たちが使ってきた便利なクラウド(パブリッククラウド)と、ソブリンクラウドの違いを、アパートの鍵に例えてみましょう。

  • 従来のクラウド(GAFAなど):【大家さんが合鍵を持っている部屋】
    便利で高性能な部屋を安く借りられます。しかし、契約書(利用規約)には「緊急時や大家さんの国の警察が来たときは、大家さんが合鍵で部屋に入って中を確認します」と書かれています。
  • ソブリンクラウド:【自分しか鍵を持っていない金庫室】
    多少不便だったり割高だったりするかもしれませんが、鍵は自分しか持っていません。他国の警察が来ても、絶対に開けられません。

つまり、重要かつ機密性の高いデータを、他国(主にアメリカ)の支配下から切り離して管理するための「特別なクラウド」がソブリンクラウドなのです。

最大のきっかけは、衝撃の米国法「CLOUD法」

なぜ急にそんな話が出てきたのでしょうか? 「便利なら別にアメリカの企業でもいいじゃないか」と思いますよね。

潮目が変わった最大のきっかけは、2018年にアメリカで成立した「CLOUD法(クラウド法)」という法律です。これは、世界中に衝撃を与えました。

その内容は、ざっくり言うとこのようなものです。

「アメリカの企業が管理しているデータであれば、サーバーが世界のどこにあろうとも(たとえ日本にあっても)、アメリカ政府が捜査のために開示命令を出せば、企業はそれに従わなければならない」

これまでは「日本のデータセンターにあるデータは日本のもの」という常識がありましたが、それが覆されたのです。
極端な話、日本企業の極秘技術データであっても、それがAWSやAzure上にあれば、何らかの理由をつけてアメリカ政府が合法的に閲覧できる可能性が出てきたのです。

これに危機感を抱いたヨーロッパ諸国が「自分たちのデータは自分たちで守る!」と立ち上がり(GDPRなど)、その流れが日本にも波及してきました。これが、経済安全保障の観点からソブリンクラウドが注目される背景です。

ソブリンクラウドの「メリット」と「現実的な課題」

では、すべてソブリンクラウドに移行すれば良いのでしょうか? 現実はそう単純ではありません。

メリット:安心と安全保障

  • 法的なリスク回避: 他国の法律の変更によって、突然データが見られたり、使えなくなったりするリスクがなくなります。
  • 経済安全保障の強化: 国民の個人情報や、企業の重要技術を他国から守ることができます。

課題:利便性とのトレードオフ

  • 最新技術がすぐに使えない: GAFAが提供する最新の生成AI機能などは、まずは自社のパブリッククラウドで提供されます。ソブリンクラウドへの対応は後回しになりがちです。
  • コスト高: 専用の設備や運用体制が必要になるため、どうしても利用料金は割高になります。
  • 選択肢の少なさ: 現時点では、真の意味で「ソブリン」なサービスを提供できる事業者は限られています(日本ではNTTデータ、富士通、NECなどが国産クラウド強化に動いています)。

まとめ:「鎖国」ではなく「賢い使い分け」の時代へ

ソブリンクラウドの動きは、「GAFAを排除してデジタル鎖国しよう」という極端なものではありません。

重要なのは、「データの重要度に応じた使い分け(ハイブリッド)」です。

  • 機密性が低いデータ(Webサイトの画像など):
    これまで通り、安くて便利な海外製パブリッククラウドを使う。
  • 機密性が高いデータ(個人情報、防衛関連、重要技術など):
    コストがかかっても、安全な国産のソブリンクラウドで管理する。

これまでは「クラウド=GAFA一択」でしたが、これからは「データは誰が管理するのか?」という視点を持って、賢くサービスを選ぶ時代がやってきたのです。

あなたの会社の大切なデータ、今は「誰」が鍵を持っていますか? 一度確認してみる良い機会かもしれません。