雑学

『決断疲れ』を回避せよ!スティーブ・ジョブズが毎日同じ服を着ていた本当の理由

はじめに:夕方になると「何も考えたくない」のはなぜ?

「今日の晩ご飯、何にする?」

パートナーからこう聞かれて、「何でもいいよ(考えるのが面倒くさいから)」と答えてしまい、不機嫌にさせてしまった経験はありませんか?
あるいは、大事なプレゼン資料を作らなければならないのに、夕方になると頭が全く働かず、ついついSNSを眺めて時間を浪費してしまったことはないでしょうか。

私たちはこの現象を、「体力が落ちているから」「集中力がないから」「怠けているから」と自分を責めがちです。

しかし、最新の心理学と脳科学の研究は、全く別の原因を指摘しています。あなたの脳が動かなくなるのは、能力の問題ではありません。「決断疲れ(Decision Fatigue)」によって、脳のスタミナ(ウィルパワー)が枯渇してしまっているだけなのです。

この記事では、Appleの創業者スティーブ・ジョブズや、元米国大統領バラク・オバマなど、世界のトップリーダーたちが実践している「決断のミニマリズム」について解説します。彼らがなぜ毎日同じ服を着るのか、その科学的根拠を知れば、あなたの時間の使い方は劇的に変わるはずです。

心理学が教える「決断疲れ」の正体

人は1日に35,000回もの決断をしている

ケンブリッジ大学の研究によると、現代人は1日に最大で約35,000回もの決断を下していると言われています。

「決断」と言うと、「転職をするか」「家を買うか」といった大きな選択をイメージするかもしれません。しかし、脳にとっては以下のような些細なこともすべて「決断」として処理され、エネルギーを消費します。

  • 朝、アラームをスヌーズするか、すぐに起きるか。
  • どのネクタイを締めるか。
  • 通勤電車でどの車両に乗るか。
  • ランチにAセットにするか、Bセットにするか。
  • 届いたメールにすぐ返信するか、後回しにするか。
  • スマホの通知を見てアプリを開くか、無視するか。

心理学者のロイ・バウマイスターらの研究によれば、人の「意志力(ウィルパワー)」は、筋肉と同じように使いすぎると疲弊し、機能が低下することが分かっています。これを「自我消耗(Ego Depletion)」と呼びます。

朝起きた時は満タンだった意志力のタンクは、35,000回の小さな決断を繰り返すたびに少しずつ減っていき、夕方にはガス欠状態になります。その結果、私たちは夕方以降、複雑な思考ができなくなり、「現状維持」や「先送り」、あるいは「衝動的な行動」に走りやすくなるのです。

衝撃のデータ:裁判官の判決は「時間帯」で決まる?

「決断疲れ」の恐ろしさを如実に示す有名な研究があります。2011年、コロンビア大学の研究チームが、イスラエルの仮釈放委員会における1,112件の審理結果を分析しました。

本来、仮釈放が認められるかどうかは、罪の重さや服役中の態度といった「事実」に基づいて公正に判断されるべきです。しかし、データは衝撃的な事実を明らかにしました。

そのデータでは、朝一番の審理では約65%の確率で仮釈放が認められています(有利な判決)。 しかし、時間が経つにつれてその確率は急激に低下し、昼休憩の直前にはほぼ0%になります。

そして、昼食休憩をとって脳のエネルギー(ブドウ糖と意志力)が回復すると、確率は再び65%まで跳ね上がり、また夕方に向けて下がっていくのです。

これは、裁判官が意地悪をしているわけではありません。連続して重い決断を下し続けた結果、脳が「決断疲れ」を起こし、最も精神的負担の少ない「現状維持(=仮釈放を認めない)」という選択肢を無意識に選んでしまっているのです。

プロフェッショナルである裁判官でさえ、脳の疲労には抗えません。私たちが夕方になると「晩ご飯なんて何でもいい(考えるのをやめたい)」となってしまうのも、生物学的に仕方のないことなのです。

なぜジョブズやザッカーバーグは「同じ服」を着るのか?

この「決断のコスト」を誰よりも深く理解し、対策を講じていたのが、Appleの創業者スティーブ・ジョブズです。

彼のトレードマークといえば、イッセイミヤケの黒のタートルネック、リーバイスのジーンズ、そしてニューバランスのスニーカー。彼は公の場でもプライベートでも、ほぼ毎日このスタイルを貫きました。

また、Facebook(現Meta)のマーク・ザッカーバーグも、グレーのTシャツばかり着ていることで有名です。オバマ元大統領もまた、ほぼグレーか青のスーツしか着ませんでした。

彼らはファッションに無頓着だったわけではありません。オバマ氏はインタビューで次のように語っています。

「私は常にグレーか青色のスーツを着用している。こうすることで、私が下さなければならない決断の数が減るんだ。何を食べるか、何を着るかといった決断にエネルギーを使いたくない。私には他に決断すべきことが山ほどあるからね」
(出典:Vanity Fair, Michael Lewis “Obama’s Way”)

彼らにとって、朝の服選びに使われるエネルギーは、世界を変えるような重要な意思決定のために温存すべき貴重なリソースでした。「どうでもいい決断」を極限まで減らすことで、「重要な決断」の質を高める。 これが、成功者たちが実践する究極のライフハックなのです。

脳のエネルギーを節約する3つの「やらない」技術

私たちも彼らに倣って、日々の無駄な決断を減らし、意志力を節約することができます。明日からすぐに実践できる3つのテクニックをご紹介します。

テクニック1:「固定化(ルーティン)」で選択肢を消す

最も簡単な方法は、日常の些細な選択をあらかじめ決めてしまう「固定化」です。悩む時間をゼロにします。

  • 朝食の固定化: 「毎朝、ヨーグルトとバナナとコーヒー」と決めてしまう。スーパーでの買い物も楽になります。
  • 服の制服化: ジョブズのように完全に同じ服にする必要はありませんが、「平日はこの5セットをローテーションする」と決めておけば、朝のクローゼット前での立ち尽くす時間を排除できます。
  • 日用品の定番化: シャンプーや洗剤は「これ」と決め、新商品が出ても迷わずいつもの詰め替え用を買う。

テクニック2:「重要な決断」は午前中に済ませる

前述の裁判官の事例が示す通り、人間の判断能力は朝がピークで、時間の経過とともに低下します。夜に重要なメールを書いたり、Amazonで高い買い物をしたりするのは危険です。

  • 朝イチのタスク: その日一番頭を使う仕事(企画書の作成、重要な提案など)は、出社直後の意志力が満タンの状態で行う。
  • 夜は単純作業: 夕方以降は、メールの整理、経費精算、資料の体裁を整えるなど、判断力をあまり必要としない作業に充てる。
  • 夜の通販禁止: 夜は自制心が弱まり、衝動買いをしやすくなっています。「欲しい」と思ってもカートに入れるだけにして、決済は翌朝、冷静な頭で行うようにしましょう。

テクニック3:「選択肢」を意識的に減らす

心理学者のバリー・シュワルツは著書『選択のパラドックス』の中で、「選択肢が増えれば増えるほど、人は不幸になる」と説いています。選択肢が多いと、選ぶのにエネルギーを使うだけでなく、「あっちを選べばよかったかも」という後悔が生じやすくなるからです。

  • 情報の遮断: 何かを買うとき、「比較サイトを10個見る」のではなく、「信頼できる1サイトのおすすめ1位を買う」と決める。
  • 即決ルール: レストランのメニューで迷ったら「メニュー表の左上の料理」または「店員さんのおすすめ」にすると決めておく。

まとめ:人生を変える決断のために、ささいな決断を手放そう

現代社会は、無限の選択肢で溢れています。動画配信サービスを開けば数千の映画があり、コンビニに行けば数百種類のドリンクがあります。便利で豊かな反面、私たちの脳は常に「どれにする?」という問いかけにさらされ、悲鳴を上げています。

あなたが夕方に疲れ果ててしまっているのは、あなたが弱いからではありません。真面目に一つひとつの選択に向き合いすぎているからです。

「今日の服は何でもいい」
「ランチはいつもの場所でいい」

このように、どうでもいいことに対して積極的に「適当」になること。それが、本当に大切な仕事や、大切な人との時間のために、あなたの脳のパフォーマンスを最大化する秘訣です。

まずは明日、「着ていく服を今夜のうちに決めて、玄関に置いておく」ことから始めてみませんか? たったそれだけで、明日の朝、驚くほど脳がクリアな状態で一日をスタートできるはずです。